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猫とぬっちょりとお気楽な日々

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危機管理能力は

脱原発、提案を揃って否決ってほんとうですか?

みんなこのままで良いんですか?
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by toruteh | 2014-06-26 22:09 | つれづれ | Comments(0)

simairo写真展に寄せて (2)

島を出てから、奄美を出るまでは気がつかなかった海の綺麗さ、空気のうまさ、自然があることの幸せに気がつき、私はこの島に暮らす人たちにもそのことに気がついて欲しいと思い始めた。

あまりにも、無防備に自然を扱っているように見えたから。

2010年、友人、脇田さんの企画で島に帰るたびに撮りためた写真で、写真展をやることがきまった。
場所は青山。続けて三回開催したこの「島色」写真展には、毎回大勢の人が訪れ、奄美を楽しんでいってくれた。

私の写真には、綺麗な奄美はあまりなく、普段の奄美が映っている。それでも、訪れてくれた人たちは、口々に「奄美っていいね、行きたい!」といってくれた。そして、奄美を訪ねてくれた。

奄美から戻ると、「よかったよー」と言ってくれた。奄美の何が人を引きつけるのか。私は、やっぱりこの奄美が持っている不思議なエネルギーだと思う。その源は、山や海やここに暮らす人々の気持ちの温かさだろう。



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この二人展も脇田さんが企画してくれました。大島紬の糸を編み、奄美とご自分を表現されている森エイ子さんとの二人展。

今回の写真は、二人のコラボと言うことで、エイ子さんの作品を奄美で撮影しました。奄美の自然は、きっとモデル撮影には向いていると思っていたので、初トライでしたが、面白い物ができたと思います。

モデルはエイ子さんのお嬢さんです。

撮影場所に着くと、雨が止み、雲の切れ間から太陽の光が射し、風が吹いてくる、という不思議な体験をしながらの撮影でした。

奄美は嫌がってはいないんだなと、少し胸をなで下ろしました。
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by toruteh | 2014-06-23 16:03 | つれづれ | Comments(0)

simairo写真展に寄せて

人は、たまに思う。

何のために生まれてきたのだろうと。

青い海に抱かれたこの島に生まれても、私は、たびたび、この言葉を自分の中で繰り返すことになった。

高校卒業と同時に島を離れた。

目指すは、大都会である。何を期待し、何を夢見たのか。

とりあえず、島を出る口実に写真学校に進んだ。

なぜ写真の道に?その理由を、その後、何度も聞かれるたびに、私は理由を思い出さなければならなかった。何のために写真の道へ進んだのだろう。

答えはいつも決まっていた。

「私は、情報も少ない、本屋もない町で、ずーっと暮らしていました。テレビも国営放送だけでした。それに不満があったわけではありませんが、ある日、漫画の表紙を開くと、一枚のお城のハガキが付いていました。
それはどこのお城だったのかも覚えていませんが、写真てすごいな、と思ったことを憶えています。
言葉でいくら話されようとわからないことが、写真はその一枚ですべてを語ってくれると言うことに気がつきました。私は、私のように世間を知るすべがない人たちに、世界を見せてあげることができたらと思ったのです」
と、偉そうなことを言ったかもしれません。

そのときの、一枚の写真の衝撃が、私を突き動かしました。だから写真の道を選んだのではありますが、写真というのは、いろいろな分野があって、報道であったり、商業であったり、芸術であったり。そういういろんな分野があることを知ったのは、写真学校に入ってからでした。

もし、それ以前にいろんな事を知っていたら、私はどういう選択をしたのでしょう。
写真学校に入り、分野を言われてもぴんと来ずに、友達に誘われるまま、芸術写真という分野のゼミに入りました。そこで知ったのは、写真を作り上げると言うことでした。

高校の時に知った、現像をする楽しさが十分に味わえるクラスでした。

そして、卒業。さー、仕事です。写真家になることしか頭になかったので、その道への一歩を歩き出しました。歩き出したつもりでした。

スタジオマンという仕事。それが、商業写真という分野に属することも知らずに。卒業するときに、ゼミの先生に言われました「オクミヤは商業写真に行くのか」と。愕然としました。目指している道は、違ったのです。

しかし、写真家として食べていく道は見つけられず、私は、もくもくと商業畑を歩くことにしました。

まだまだな自分を振り返りつつ、その商業写真とは違う視点で私は、故郷を撮り始めました。

故郷は、常にそこにありました。梅雨の時期は、飛行機を一歩降りれば、じっとりと湿気が私を捕まえます。

そこに少しうれしさを感じ、奄美に足をつけて大地を感じます。

風が私の髪を撫でます。

それだけで、私は、奄美を感じることができるのだなぁと思いました。

酸素が多すぎる空気を胸一杯に吸い、地表まで垂れ込めた梅雨雲にすっぽり覆われた島の山々を眺め

私はシャッターを切りました。
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by toruteh | 2014-06-23 15:21 | つれづれ | Comments(0)

たまには

たまには、歌が上手くなりたいものだと、思う。
昨日、友を送るための、DVDを再編集していると、私が出てきて、シマウタを歌うのだが、どうもへたくそで、どうしようもない。ありゃーこんなに下手なのかと、改めて驚いてしまった。

もっと上手いと思っていたのだが。

歌は、どうしても、持って生まれた力があるのだと、私は思っている。

私の姉は、兄弟の中で、唯一、歌が上手い。他の兄弟は駄目だ。

歌が上手いというのは、天分であると私は思う。

少しでも、上手くなれないものかと、もがくが、きっと無理なのだろう。

踊りも、きっと、この天分がない。美女に生まれなかったのと同じくらい、この二つは、神の授けるものなのではないかと思われる。

神に愛されたか、愛されなかったのかは定かではないが、私は、惜しくも、この二つの才能は頂くことは出来なかったらしい。

唄、上手くなりたいなぁ-。
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by toruteh | 2014-06-17 20:48 | 唄日記 | Comments(0)

そろそろ心の準備をしよう

両親の世話のために、北海道の姉が島に帰っている。

親が可哀想と、彼女は自分の人生を、親の人生に重ねた。

なかなか出来ることではない。

親二人とも、少しボケが入っていて、父は気が短くなり、母は、冷蔵庫を空けてはなにやら食べている。

そんな二人に、余り怒らないようにと心を砕き日々を過ごしているのかと思うと、その大変さは並大抵ではないな。

先日、そんな暮らしを始めた姉から、泣きの電話が入った。

少し散歩に行った隙に、母が鍋をこがして、危うしという場面があったらしい。

残り少ない味噌汁を火にかけて、忘れてしまった母親。煙がモクモク、臭いも家のそとまで届くほどなのに気がつかない両親。

怒っちゃ駄目だとわかっていても、つい、きつい口調になってしまったらしい。

そのすぐ後に、私は家に電話をしていたのだが、気がつかなかった。一緒に暮らさない限り、見えてこないものはたくさんあるだろう。

そんな自分を省みてへこむ姉、電話口で励ますことしか出来ることはない。

母のボケは、周りに怒られすぎてと言うところがあるらしいので、なるだけ、母に強い口調は禁物だとわかっているだけに、姉も辛いところだ。

父は、腸が飛び出していて、おなかが痛いと言っていたのに、在宅訪問の医者が気がついていなくて、姉が気づかなければ、今頃大変なことになっていたかもしれず、偶然にも、姉が帰っていたことのラッキーさを思う。

その術後の容態が少し気になるところだが、退院できたので、ひとまずは安心といえる父。

一方母の方は、子供のことも、少し分からなくなっているらしい。兄たちがどちらが長男で次男か。

母不幸をさんざんしてきた自分、今、20代なら、思い切り、母親孝行をしてみたい。

別れは、もうそこまで来ているらしい。
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by toruteh | 2014-06-12 00:59 | つれづれ | Comments(0)

今日は少しイライラしています

7月に、奄美で写真展をやることが決まりました。
きっと、やると思います。

設営の打ち合わせに入りましたから。

どうなることかと思いましたが、なんとかなりそうです。

で、イライラしています。

これは、デカオちゃんのせいではないのですが、パソコンを前にしているときに、デカオちゃんが嬉しそうに遊びに来て、ちょっと、急いでいたので、デカオちゃんを怒ってしまいました。

でかおちゃんは、しゅんとして帰って行ってしまいました。

写真展の時には、毎回、私のお手伝いをしてくれていたでかおちゃんを、私は怒ってしまいました。

最低です。

パソコンの電源を落としました。

彼らを悲しませてまで、やることではないですね。

一緒にいる人達が、幸せであることが一番でした。

ごめんなさい。少し焦りもあったのでしょう。

私のメールを見た人が、「せっかち」と私のことを表現してくれました。まさにそうですね。

そんな自分の欠点を、すこし、冷静に反省する夜にしましょう。

すべては、時の流れの中の、ほんの些細なことに過ぎませんから。



いっぺんに沢山のことが出来る器用な人間ではない自分にイライラしてしまうのでしょう。
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by toruteh | 2014-06-08 20:48 | つれづれ | Comments(4)

新しい出会い

いろいろなところで、新しい人達と出会う。
たとえば、習い事に新しい人が入ってくる。
職場に新しい人が入ってくる。
最近無かったことだけに、何か新しい。

習い事で言えば、見学者が来た。人は、意外と、一回でその人なりが何となく分かるものだなあと思った。

顔で、その人の性格の半分は何となく見えてくるような気がする。この人がこのクラスに入ったとして、自分は馴染めるだろうか。

「椅子に座っていて見ていてくださいね」と先生言われたその人は、足で椅子を引き寄せようとした。椅子の脚がテーブルに引っかかると、そのままその場所で、その椅子に座った。先生の席に。

武道をやっていたという割には、その辺が?だなあ。

気が強そうで、ちょっと、先が思いやられる。先生大丈夫なのかなぁ。

三味線の師匠は、新しい人が入るときに、なんで?と思うくらい、嫌がったりした。

その時は、なぜ嫌がるのだろう、入れてあげたらいいのに。と思っていたけれど、こういうことなんだなぁ、たぶん。

その人が、ちゃんと素直に教わってくれるのか、話が通じるのか。そのあたりを見ていたのだろうか。

新しい人が入ると、生徒達の関係も変わってきて、教室自体が変わるんだろうなぁ。

職場でも同じ。4人くらい新しいカメラマンが入った。年も違えば雰囲気も、腕も違う。

腕が良いのが一番だけれど、やっぱり人なりも大切かなと思う。面接の時に、挨拶も返してくれるなど、雰囲気のいい青年がいて、この人いいなぁと思ったら、腕もこの人が一番良さそう。

うわっ、生意気そうと思った人は、プライドだけで、技術がついてきていない。これでカメラマンとして通用しているのか。

なんてこったい。

腕のある人は、腰が低くて、底辺で頑張ってる。あー、俺みたい。
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by toruteh | 2014-06-07 06:15 | つれづれ | Comments(0)