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猫とぬっちょりとお気楽な日々

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父の手

父は、手が動くようになった。最近左側に麻痺が出ていたらしい。

たぶん、おかしいと思っていたはずだが、年だとも思っていたのか、それを判断する力もなかったのかもしれない。

脳を圧迫していた血液を出すことで、脳の配列が、戻りつつ。手遅れになる前に倒れてよかったのかもしれない。

もう少し早く、気がついていればと思うのだが、母が何かを言っても、怒鳴るだけの父になってしまっていたから、母は気づいていても何も言えなかったのだろう。

押し黙ってしまう癖が、私にもあるので、そこは、これから先、気をつけなくては。

ベッドに横になりながら、手を動かす父。少し嬉しそうでもある。

あまり口を開かないから、ベッドの横に座って、父が何か話すのを待つ。

しばらくすると、重い口が開く。今は、たいした話しはしないのだけれど、何か意味がありそうで面白い。

父の手を握ってみた。冷たくて驚いた。握っていると握り返してきた。

こうして、父の手を握るのは、初めてかもしれない。

ちょっとドキドキし、ちょっと寂しかった。
by toruteh | 2012-10-30 09:00 | つれづれ | Comments(0)

巻き寿司の思い出

NHKの「今日の料理」が放送55周年を記念して、昔の放送を流している。
土井まさるさんが作る昔ながらの巻き寿司の映像を見ていると、運動会の前夜を思い出す。

母は寝ずに、家族8人分の巻き寿司を作っていた。手の早くない母は、その日の夕ご飯が終わって、みんなが寝静まった頃から、やっとスタートする。夜中に目を覚ますと、畳の上に卓上テーブルを出し、母の傍らには、巻き寿司の山が出来ていた。一体何本巻いていたんだろう。
一晩中かかって、運動会のお昼の用意をしてくれていた。

私は海苔が苦手だったので、海苔をはがして食べていたっけ。

その後、テレビでは、土井まさるさんの息子さんが、「お祝い寿司」を巻いていた。
お祝い寿司、家で、何かのお祝いのために、母と寿司を巻いたりしたことがない。
兄弟誰も。
母と一緒に、人生を歩いて来ることは出来なかった。母としては、誰かとおしゃべりしながら、節々の祝いをしたかったかもしれない。孫の運動会だったり、学芸会だったり。どれ一つも、体験せずに、母は年を取ってしまった。

一の人生は、それぞれだけけれども、子供が親に何かしてあげれるとしたら、一緒に笑い合うことかもしれないね。
by toruteh | 2012-10-29 21:28 | つれづれ | Comments(0)

初体験

夕方、母の病室へ行くと、元気に夕ご飯を食べていた。
「あんたも食べれ」といつもいう。「もう、食べてきたよ」というと安心する。
今日は、汗をかいたと言い、初めて体を拭いてみたりした。パジャマも着替えさせた。介護用の肌着が見つかったので、それも着せてみた。用意していても、肌シャツなんて、面倒で着せてはくれないから、これからは私が着せるね。
すると、おむつがきついという。昨日準備した、リハビリパンツをはいていた。うわっ、かなりきつそう。お袋こんなに太っていたの?むっちりと大きな腰回り。今まで知らなかったよ。
おむつは、まだたっぷりあるので、おむつに替えることにした。でも、私、おむつ交換したこと無いんですけど-。看護婦を呼ぶが、今は食事されている方がいるから後でという。足に食い込んでいるのを見ると、後でなんて、いつだよと、まったく信じられないので、自分でトライしてみる。
どうせ、退院してから自分でやるのだから、怪我をさせるのではと怖がっていてもしょうがない。
お袋は、以外と平気なようだ。きついパンツが外れて、嬉しそうだ。でも、おむつを退くのって難しい。四苦八苦していたら、見かねた看護婦が手を貸してくれた。チャレンジしていてよかった。じゃなければ、いつ代えてくれるかわからないからね。それに、尿取りぱっとずっしりだったよ。こりゃたまらんね。

おむつ一つ替えるのに汗かいちゃった。なんか、すっきりしたー。よし、これでおむつ替えできるようになった。
by toruteh | 2012-10-27 23:27 | つれづれ | Comments(2)

消え入りそうな記憶の中で

手術の次の日、ベッドに元気なく横たわる父が、「あの男の子はどこが痛いのかな?」と口を開いた。
耳を澄ますと、男の子の泣き声が聞こえる。隣の部屋からの声だった。
自分の記憶が消えそうなのに、男の子の泣き声が気になるのか、父。
父に代わって隣の部屋を伺うと、家族の人たちが居るようだったので、声はかけなかった。
自分より子供を気にする。子供たちを見守ってきた長い人生がそうさせるのか。
根っからの教師なんだね。そんな優しい人間に私もなりたいね。

現世を行ったり来たりしている父を見ている。きっちり、帰ってきて欲しいなぁ。そして、行ったり来たりしている今の話しを、笑いながら、出来る日が来るのを信じてる。
by toruteh | 2012-10-27 22:57 | つれづれ | Comments(0)

久しぶりのご対面

昨日は、母が初めてベッドを降りた。車いすに乗せて、父に面会に行った。

車いすにおろすときの、看護婦のあまりの乱暴ぶりに何か言いたいが、言えなかった。

しばらく呆然とする二人だったが、お互いを認識した。年を取ってしまったのを忘れたか。

髪の毛を切りたいと言っていた父が、母の髪の毛の心配をし出した。切ってもらった方がいいと。笑。

普段の会話を交わす。やっぱり二人は二人がいいね。夫婦っていうものを見た気がした。

しばらく二人の時間を持ち、二人が元の二人に戻っていく。

そして、しばらくお別れ。今日、母は初めてのリハビリだった。車いすにせっかく移っていたのに、二人を会わせるのを忘れてしまった。

車いすの乗り降りは、看護婦に頼むのだが、今日もまた手荒かった。靴を履かせようと無理に母の足を持ち上げて、母は弾みで後ろにのけぞり、ベッドの手すりに頭をぶつけた。
それってどうよ。声をかけて、足上げますよ-、なんて言ってはくれないものだから、母も心の準備がない。いきなり足を上げられて、あまりの痛さにのけぞった。看護婦なら、想像できそうなことだ。あまり、頭の方を痛そうにしなかったから、大丈夫だとは思うけれど。

ベッドからおろすときも、左足を内側に入れないでといわれているのに、内側に引っ張る看護士、さすがに今日は、「足を内側に入れたら駄目よ」と、母に言い聞かせるような言い方で、口に出した。「よく知ってますね」と看護婦が驚いた。おまえがそんなことをするからだ-!!と言ってやりたかったが、ぐっとこらえた。「ドクターが言ってました」で、抑えた。

リハビリから帰ってくる母と遭遇した。母の膝には湿布薬や、冷たいペットボトルが乗せられていて、あれ?と思ったら、看護婦が慌てて自分のポケットにペットボトルをねじ込み、湿布薬を抱えた。なんだー、こいつら。

呆れてしまうよ。母の方こそ、早くここから出してあげたい。脱臼させられたら、訴えてやるから。昨日は、他にもアイスノンを、前の人から外した物をまだ冷たいからと、平気で他の看護婦と話しながら母の足に当てていた。これまた、すごい。
今日のアイスノンは、まったく冷たくなかった。

途中までいい話だったのに、また愚痴ってしまった、。
by toruteh | 2012-10-26 16:28 | つれづれ | Comments(2)

後悔

母のお気に入りの鍋を、昨日処分してしまったことを少し後悔し、夜中に目が覚める。

物を捨てるときは、ゴミ袋に入れてから、せめて12時間はあった方がいい。いや、24時間かな。

母の寂しそうな顔が浮かんでしまう。

考え始めたら、眠れなくなり、こうして懺悔中。あの処理場まで行って探してこようか、なんて思われて、眠れなくなった。
by toruteh | 2012-10-25 03:00 | つれづれ | Comments(0)

夕陽を見に

兄が疲れ始めている。

父は、一進一退を繰り返し、夕べは元気だったのに、今朝は遠いところにいたりして、安心して喜んだのもつかの間、叩き落とされるのだろう。

あまり期待してはいけないのかもしれない。

でも、夕方の父のベッドで横になっている姿を見ると、家でくつろいでいる格好と何ら変わらないので、安心してしまうのだ。

そして、翌朝には、また、新しい父がそこには居る。兄の一喜一憂は、この二日で針が振り切ってしまったと思われる。
父母が帰ってきて暮らせるように何をするべきかを考えて、介護ベッドを二ついれられるようにと大掃除をし、今日を迎えただけに、もう無理かもしれないと思えた今朝、兄は、何を思っただろう。

昼過ぎに、友達が手伝ってくれ、2トントラックで大荷物の山を運び出した。

これでだいぶ広くなるだろうと思っていたのに、帰ってみれば、まだまだ捨てるものはあったように思われた。

兄が、「夕陽を見に行こう」と言ってくれたので、両親のご飯介助を、次男夫婦にお願いして姉と三人で夕陽を見に行った。

水平線は厚い雲で覆われ、夕陽は見られなかったが、打ち寄せる波音に、心は少しほぐれたような気がする。三味線を抱えていって、久しぶりに浜でシマウタを歌った。

声は波音と解け合って、自分に返ってきた。

さあこれからどうする。三人
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が自分の心に問うた時間だったかもしれない。
by toruteh | 2012-10-24 22:12 | つれづれ | Comments(0)

看護婦いろいろ

、父は脳外科、母は整形外科に入院している、同じフロアなのに、看護士の対応が、あまりにもはっきり違っていて面白い。

父の方の看護士は、きびきびしていて、気が利いていて、優しい。

母の方の看護婦は、まず、横柄、気が利かない。優しくない。患者に興味がない。
看護士を悪く思いたくはないので、そういう風に見ないようにしようと心がけていたが、さすがに今日はひどかった。

お昼、母のご飯を忘れていた。配膳が終わりそうなのに、母の食事がなかなか届かない。配膳の場所に行くと、忘れられていた。たぶん、私が行かなければ、そのまま、ご飯は返却されていたのだろうか。

夜ご飯のとき、少し遅れていくと、ベッドを起こされた母の前には、テーブルが出され、すでにご飯が用意されていて、母は、もういいという。蓋も開けてもらっていない。
変だなと思ってみていると、入れ歯を入れてもらっていなかった。食べにくくて、母はあきらめたようだった。入れ歯もせず、蓋も開けずに、ご飯を置いていくだけ。

おかずを小さくしてくれと以前に頼んだにもかかわらず、昆布、大根、野菜がおでんのように大きかった。小料理屋じゃあるまいし。術後にこれかい。何か切るハサミはないかと聞くと、こうやって切るのだと、スプーンでぐじゃぐじゃにしていった。人に何か言われるのが頭に来るらしい。プライドの高い看護士だ。

その後、パソコンを持ち込み、いろいろ打ち込みながら、ご飯は食べたか、どれくらい食べたかを姉に聴いて帰ったという。母の顔を見ることもせず。ご飯がおかゆだったことも知らなかったらしい。30人も相手にしているわけはないのに。
膳を下げにもこない。脳外科の方は、どれだけ食事が出来たかを確かめるために看護士みずからが、下げにくる。
一日も早く退院させてやりたいものだ。

今夜は父がとても元気だった。「あと2、3日すれば帰れるよ」と元気に話す。みんなが居れば、母親の世話もわけないという。一緒に帰って子供たちと楽しい時間を過ごしたいのだ。
家に残れないけれど、リハビリで施設に入れることはせず、家に引き取る方向に、今朝みんなで決めたよ。だから、家に帰れるよ。頑張ろうね、父。かわりばんこだけど、誰かがいつも居ることが出来るように、子供たちも頑張るからね。
by toruteh | 2012-10-23 22:07 | つれづれ | Comments(0)

長い一日が終わった

長い一日が終わった。

最近は手術も、きっと大丈夫と思えるようになったから、手術室の前で待つ身も以前より気持ちが楽だ。

午後1時に入り、なかなか出てこない。午後5時やっと終わる。

長かった。長かったが、あまり不安はなかった。

母は、酸素吸入器をはめられながらも、意識があった。

昨夜、怪我をした足を痛がっていたが、これからは、その痛みはもう無いのだと、母に伝えた。術後の痛みがどれほどのものかは、わからないけれど。麻酔から覚めるとたぶん、きっともっと痛いだろうが。

硬膜下出血を起こしていた父は、今回の事故で、その発見が出来たので、一命を取り留めたともいえて、母には痛い思いをしたばかりの今回の出来事だったが、父が無事に今も生きているのは、あの日のおかげだと思う。母が元気になったら、そう話してあげたい。

3週間もの間、出血し続けた父の頭の血は、父の脳を圧迫し続けていた。急に老衰が進んだと、自分で思っていたらしい。

夏にあったときより、かなり痩せていた。もし、誰か子供が一緒に暮らしていたら、その変化に気がついてあげれたかもしれないとは思うのだが、いかんせん、我慢強い父は、何も口に出さなかったのだった。

ゆっくり痛んだ脳は、ゆっくり治っていくのだという。どこまで治ることが出来るのか。

父は少しあきらめかけているような気がして、それが、心配だ。

今日はケアマネージャーの人と話が出来た。
この先の二人の暮らしをどうしていくのか、のアドバイスをもらった。
誰かが帰ってくるのか?交替で帰るか。いろいろ思いを巡らしても、いい案は浮かばなかったところに、一条の光が差した気がした。

でもそれは、果たして本当に二人の幸せに繋がるのか、この家に二人が戻ることが出来る選択なのか、それは、絶対とは言えないところにあるのも、また事実である。

最初の考え、交替交代に子供が戻って、側にいることのほうが、二人は幸せなのではないか。やっと、ふたりに、子供と賑やかに暮らす時間がやってくるのではないか。そんなことをあれこれ考えてみた。
by toruteh | 2012-10-22 22:16 | つれづれ | Comments(0)

お部屋リメイク



両親を迎えるために、家の配置換えが急いで行われている。

リフォームをする時間はないので、いらないだろうものを、捨てられるだけ捨てよう作戦だ。

押し入れを開けると、どこの押し入れにも山のように布団が入っていた。

新しい布団と、古い布団が仲良く同居していた。

古い布団には、見覚えがあった。子供時分に、みんなで寝ていた布団だ。

兄弟みんな、やっぱり、捨てるには覚悟が必要なようだ。

思い出が頭をよぎるのだろう。

それでも、部屋を広くするためには、捨てることを選ばなければ。

一抹の寂しさと共に着実に部屋は広くなっていく。
by toruteh | 2012-10-21 22:35 | つれづれ | Comments(0)