ブログトップ

猫とぬっちょりとお気楽な日々

torute.exblog.jp

<   2012年 06月 ( 13 )   > この月の画像一覧

グッカルの鳴く朝に

まだ薄明かりも見えない時間に、鳥たちの大合唱で目が覚めた。
グッカルの鳴き声も混じる。数羽いる。最近聞かなくなっていただけに、これは嬉しい。

しばらく、その大合唱を聴きながら、島の朝を噛みしめていた。

薄明かりが差し始めると、今度は蝉たちの大合唱が始まった。

鳥と蝉と。島はこんなにも元気に溢れているんだと再確認した。叔父が来てくれているような気もした。

叔父の魂は山に帰ったのか。


昨日、数日前に旅だった叔父に会いに行った。

まだ初七日も経っていない。

叔父の位牌に向かえば、ああ、そうなのかと、納得するしかない。

叔父の飼っていたかわいい犬が私を見るなり抱きついてきた。寂しいのか、それとも、そこに叔父がいるのか。一ヶ月前に一度会っただけの私を憶えていたというのか。

久しぶりに、お墓にも向かう。

卒塔婆が倒れていたので、墓石の後ろに回ると、そこには鼻緒の切れた下駄が置かれていた。

その時に、叔父がいないことが現実味を持って迫ってきた。

こうやって、この世とあの世の縁を切るのだろうか。

この日は、叔父が亡くなる頃に調子を崩していて参列できなかった母も一緒に行った。

母も何かを受け入れたようだった。母の一番下の弟に当たる叔父。子供たちが近くにいない私の両親を、支えてきてくれた人だった。

父の憔悴が伝わってきた。まさか本人より先に叔父が行くとは思ってはいなかったから、なおさらだったことだろう。

叔父を送る日は、沢山の人が駆けつけたという。優しい叔父の人柄が伺える温かい最後だったようだ。

私たちも、別れが言えて良かった。

今までありがとう、叔父-。
[PR]
by toruteh | 2012-06-28 21:00 | 島旅日記 | Comments(0)

私を山に連れて行って

飲んだくれて帰った夜、叔父さんが息を引き取った。

忘れていたわけではないけれど、やっぱり少し忘れていたのかもしれない。

叔父さんの訃報は、兄からのメールだった。

メールに気づくのがもう少し早ければ、叔父の葬儀に参列できたようなきがする。

島から遠く離れていると、葬式に出るのもかなり考える。考えることではないかもしれないが、考えてしまう。

身内の不幸には、飛行機代は半額なんていう特割でもあればと思うのだが。

飛行機代が早く安くならないかと、期待している。JALは株主優待もなくなったし、本当に島に帰りにくくなってしまった。


先日帰ったときに、叔父は入院していた。何度も会いに行って、たくさん話をした。回復しそうだった。回復するだろうと、どこかで期待していた。

叔父は、新しい犬を飼い始めていた。もう一度、その犬の所に帰る日を作って欲しかった。そこは叔父のいつもの生活がある場所だ。

日常に戻れることは、あたりまえのことではないんだなと、今更ながらに思う。

叔父の体は、まだこの世にある。

別れを言いにいけなくて、こんなところで言い訳している。

叔父は島の山に詳しかった。いつも私を山に連れて行った。住用川の上流、川内川の上流。すばらしかった。

アマミノクロウサギの話をしてくれたこともあった。

月夜の晩には、ウサギたちが月を見ながら食事をするらしい。

翌日には、山の開けた場所に、ウサギたちの糞とススキの食いかけが残っているのだと教えてくれた。

山に生き、山とともに生きてきた人だった。

もっと生きていて欲しかった。教えて欲しいことは山のようにあった。

病は、容赦なく連れて行ってしまった。

これから先、自分がどう生きるか、少し考えなくては。

叔父さん、いままでありがとう。
[PR]
by toruteh | 2012-06-24 09:35 | つれづれ | Comments(0)

教えて

生きていく意味を誰か教えてと言ったら、誰かが教えてくれるだろうか。

コンビニの前で酔いつぶれている若者を見る。


彼には、まだ迷いも、不安もなく、ただ酔っているのか?

いや、たぶん、かれも、迷い立ち止まり、ここで酔っているのかもしれないね。

まだ、この道は続くのか。
[PR]
by toruteh | 2012-06-21 23:15 | つれづれ | Comments(0)

緑の風を吸いに

今日は、緑の空気が吸いたくて千葉に走った。

走ったといっても、​高速バスに乗ってだけれど。成東というところで、土に親しんだ。

​成東は、とても静かだった。耳に触る音が違う。心がほっとする。

焼き上がりは秋になるという。

いい粘土だった。生半可な作品を作ってしまったことを後悔している。
[PR]
by toruteh | 2012-06-17 21:19 | つれづれ | Comments(0)

自己分析

なぜ、友達が逝ってしまうと悲しいのか。

今日はこういう事があったよと、書き込みをすると、たぶんあの人からこういう返事が来る、そう言う予感がするけれど、もういないんだと気がついてしまうときに、とても悲しい。

悲しみも怒りも、幸せも、相手がいてのことかもしれない。

何もない人生よりは、いろいろあっていいのかもしれないけれど、悲しみは少ない方がいい。怒りも少ない方がいい。

幸せはたっぷりとと思うが、少なくてもいいのかもしれない。
[PR]
by toruteh | 2012-06-17 03:54 | つれづれ | Comments(0)

伊是名の会、終了~。

筋肉痛でこんな時間に目が覚めた−。



昨日の伊是名の会の「琉美創舞」素敵でした。
前半が沖縄、後半はアンナちゃんの歌声に乗せて、奄美を踊りで表現されていました。

踊りで沖縄と奄美のすばらしさを伝えようとしているのだなぁと、しみじみ感じることが出来ました。
会の皆さんお疲れ様でした。
海外公演も頑張ってね~。


ご来場の皆様ありがとうございました。



久しぶりに一日機材抱えての撮影は、足にきく~。もう一度寝てみるか。
[PR]
by toruteh | 2012-06-17 03:30 | 写真の話 | Comments(0)

リサイクルショップで見つけた大島らしき着物

カビだらけだけど、とても素敵な柄の大島らしき着物をみつけ、思わず買ってしまった。

ネットで見つけたカビ取りもやっているクリーニング屋さんに直に持ち込んでみた。


いったいくらくらいになるだろう。5万円を覚悟した。
これは、昔の紡ぎ糸の大島ですね。いいですね~と、言ってくれる。やっぱりいいものだったんだなぁと嬉しくなる。

しかし、クリーニング代は17万円と。

カビの後が色が抜けているので、色を差すとこの金額と。ひえーたまがり。

形見でもないから、それはやっぱりあきらめるかな。
[PR]
by toruteh | 2012-06-15 21:47 | つれづれ | Comments(0)

さよならだけが人生だと誰かが言っていたなぁ

ひとり、シマウタ仲間がまた、逝ってしまいました。

シマウタ仲間達の書き込みは、シマウタを歌って、逝った友を送ると書かれていた。

シマウタは、旅だった人があの世にたどり着くまで歌い続けるという事が行われていた時代があった。

できるなら、一週間、彼のために歌を歌い続けよう。

私はまだ、歌えずにいる。

逝ってしまうと言うのは、とても、あっさりとしているものだなと、思ってしまった。

これまでどういう人生を生きていようと、逝ってしまうと、それで終わってしまうのですね。

生きている間をどう生きるか。それは、生きているときだけが問題なのであるのだなぁ。

この世を去るときは、もう全てを置いていくのだなぁ。

友よ、そのうちにみんな逝くから、そのときは、一緒にウタアシビを楽しもう。
[PR]
by toruteh | 2012-06-10 10:33 | つれづれ | Comments(0)

ちぢんばっぐ

ちぢんばっぐの試作完成。

かわいい。
f0148726_17334473.jpg

[PR]
by toruteh | 2012-06-09 17:33 | カービング | Comments(0)

ミュージックポートレイトという番組

この夜中にやっている。

今日は、高橋幸宏と山本耀司の対談だった。人生のターニングポイントで聴いた唄をそれぞれに語り合い、その人の人生を振り返っていくものだ。

私の青春の少し前をきらきらに輝いていて歩いていたふたり。その二人が対談していた。

有名になってしまったことによる、悩みを抱えときもあるという。

いつか、彼らのように輝く未来を夢見て東京に出てきたような気がする。

そう言う夢も忘れ、それでもこうして東京の片隅で細々と生きている。

それが自分の人生だったのだなぁ。

夢と現実に折り合いを付けながら、心を壊すことなく、何とかここまでこれた。

あとは、この先も心だけはしっかり持って生きていくことだけだろう。

人生はこれまでもこれから先も、何が起きるかはわからないんだけどさ。
[PR]
by toruteh | 2012-06-07 23:33 | つれづれ | Comments(0)