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猫とぬっちょりとお気楽な日々

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久しぶりの十番

麻布十番の、沖縄料理店で友達が写真展をしているというので先日見に行った。

久しぶりの十番商店街。記念に写真を撮ろうと思ったが、案外暗い。
昔と余り変わってないんだなぁ。駐車場があちらこちらに出来ていて、新しいビルが建つのかもしれないが、車の通りも増えた気はしたが、昔と余り変わっていなくていいなぁと思う。
でも、ここに住む元気はもう無いなぁというのも感じた。

賑やかな街は、若者たちのためのものだ。

沖縄料理店は、十番商店街の一角にあった。お店はおしゃれ。沖縄の料理は、創作料理で、そばのトマト味と石垣牛のなかみ汁を食べた。
一人で、二品は多かったと気がつくのが遅かったが、おいしかった。

友達の写真は奈良のお寺などを撮影したものだった。奈良でありながら、脱原発を言っているんだと、いっていた。

3月11日以降、私たち誰もが、何かを感じた。それを形にする人、行動に表す人、いろいろな人がいる。
その中で、何か出来ないかと、誰しも思っただろう。

そして、彼女もその一人、自分なりの脱原発の表現として、変わらないもの、人の心が大事にしたいもの、今気がつかなければいけないことを自分にも出来る表現で、この写真展を開いたと書いてあった。

もっといいこと書いてあったけれど、彼女の写真には、奈良の空気が閉じ込められていて、風が吹いていて、その空気、おいしい空気を胸一杯吸えることの大事さが伝わってきた。

今まで当たり前だった安全な空気の存在、それに気がついたとき、人は、生かされている事に気がつく。

自分は、偶然この時間に存在するだけなのだと思う。その意味を探そうが、探すまいが。生きていることの大事を、命の大事を改めて思い起こすだけでも、今生きている意味は有るような気がした。
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by toruteh | 2011-09-30 07:39 | つれづれ | Comments(0)

気温二十度

すがすがしい朝、気温20度。

フィルム現像に、最適な朝だ。モノクロ写真というか、フィルム写真を撮らなくなったけれど、印画紙に写真焼いたり、たまにはしたいね~。

今日は、おやすみにして大正解。ゆっくり一日すごそう。
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by toruteh | 2011-09-30 07:12 | つれづれ | Comments(0)

仕事唄「いとぅ」

奄美のシマウタに、仕事歌というのがあって、そのひとつに「いとぅ」というのがある。

私が習ったのは、「田の草いとぅ」といって、田植えをするときなどに歌われていた歌だといわれ、歌詞の内容も、そんな風景が浮かんでくるような歌詞だ。

で、今日、久しぶりにその歌を歌う機会があった。

私が習ったのは、カサン歌の「いとぅ」で、お囃子などが、「ひぎゃウタ」と違う。

最近は、ヒギャウタを唄う人たちと唄交わせをすることもあり、どっち風で歌うか迷ったりする場面もある。

今日は、カサン歌で歌った。

歌いながら思った。今日歌うために、私はこの歌を歌えるようになったのかもなぁと。

まだまだ教えてもらいたいこともたくさんあったなぁと、夜道を帰りながら空を見上げた。
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by toruteh | 2011-09-28 23:17 | 唄日記 | Comments(0)

握手

隣で寝ているでかまるの手を握った。

太極拳のような動きをした。

おもしろい。

でも爪が痛い。
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by toruteh | 2011-09-26 22:05 | 猫日記 | Comments(0)

握手

隣で寝ているでかまるの手を握った。

太極拳のような動きをした。

おもしろい。

でも爪が痛い。
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by toruteh | 2011-09-26 22:04 | 猫日記 | Comments(0)

原始力展と焼き畑の話し

原始力展と焼き畑の話し東中野で、原始力展をやていて、見に行った。自分たちに備わっている力、原始力。
http://za.polepoletimes.jp/news/2011/08/2011919102.html




帰ってきてテレビを付けたら、「焼き畑」をやっているおばあちゃんの話をやっていた。

30年に一度、山の木を切り、焼き畑をする。それによって、山は命を循環させるのだという。

山の木を切り、火を入れて、すぐにそばの種をまく。翌年はヒエの種を蒔く。
3年目は小豆を、4年目は大豆を。
その以降は森に返すのだという。

焼き畑をしたすぐあとから、土の中の生き物たちが、土を耕していく。
キノコの菌が焼けた葉っぱを土に返していく。
4年目、キノコが形になる。「良い焼き畑が出来た証拠」とおばあちゃんは嬉しそうに話す。

30年目の山に登る。木の樹皮を削り、木の言葉を聴く。そろそろ切る時期が来たと話す。

30年目の木には、新芽を出す力が残っていて、切った後に、元気な芽を再び出すのだという。かなり年をとってしまった木には、それは難しくなっていくのだという。

おばあちゃんが、焼き畑を続ける限り山は再生を繰り返すだろう。

守るだけでなく育てていく知恵が、自然を本当に守ることに繋がる。
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by toruteh | 2011-09-25 22:01 | つれづれ | Comments(0)

久しぶりに

昔の職場の夢を見た。
忙しく撮影に走り回っている。撮り漏れがあったんじゃないかと焦ったところで、夢から覚めた。
この職場の夢を見たのは初めてかもしれない。

沢山のスタッフがいて、入って一年経った頃に、上にいたカメラマンのほとんどが辞めていった。リストラかストライキかだった。
アシスタントたちがそのままカメラマンに格上げになり、それは良かったけれど、新しくアシスタントが入るわけではなく、自分の撮影仕事と、社長のアシスタントを兼業しなければならなくなり、仕事は倍以上になった。

仕事を終えて帰るのは夜中。社長の上がりをチェックし、寝るのは明け方、寝たかと思えば起きて会社に行っていた。

だんだん疲労がたまってきて、そろそろ体がおかしくなるか、行き帰りに事故を起こすのが先か。独立するのは今かなと、会社を辞めた。

そんな時代の夢。まったく懐かしくないのが笑える。背中の凝りが見せた夢か。
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by toruteh | 2011-09-24 04:47 | 写真の話 | Comments(0)

初めて食べたカップヌードルの味を憶えていますか。

昨日のおはぎがたんまり残っているので、本日もおはぎにて昼食となる。

おはぎの連れに、カップ麺をチョイスした。

こう書くとおしゃれに聞こえるが、ただの手抜きだ。

昨日あまりにもいろいろ作りすぎたようで、疲れてしまっている自分。

おはぎは、冷蔵庫に入れていても大丈夫だった。

旦那は日清のカップラーメンをすすり、私はまるちゃんの赤いきつねをセレクトした。

(少しカタカナ文字を混ぜることで、現実から目を逸らそうと試みる。)

おはぎは一個で十分すぎた。

カップ麺はやはり、カップヌードルだなと、少し分けてもらいながらシミジミした。

私がカップヌードルを初めて食べたのは、中学生の時だ。隣に暮らしていた老夫婦の方たちから、「都会で暮らす息子から送られてきたものです」と、分けて頂いた。

コマーシャルの映らないテレビしか見たことがなかったので、カップヌードル自体を知らなかった。

どうやって食べるのだろう。

説明を読み、カップにお湯を注いだ。

おお~、カップの横っ腹からお湯が流れ出ている。

そこには、ネズミが食っただろう穴が開いていた、。

慌ててどんぶりに移し、3分間待った。

ベビースターラーメンをお湯でふやかして食べたのを思い出した。

それよりも、味は数倍旨かった。

ネズミと分けあったカップヌードルは、都会の香りがした。
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by toruteh | 2011-09-23 12:44 | おいしいもの | Comments(0)

お彼岸におはぎ~

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今日はお墓参りに旦那が行くというので、実家に何か届けようと思っていた。

炊き込みご飯がいいかな?と思っていたら、そうか、お彼岸だ~、以前、彼からお母さん手作りのおはぎの話を聞いたことがあった。

いいかもね~。

グーグル検索してみると意外と簡単そう。

自分が母の手作りのぼたもちを食べたのも、かなり前になるから手探りで作り始めた。

餅米とうるち米を普通に炊いて、つぶしておく。

小豆をゆでる。ゆでこぼしは、レシピごとに違うことが書いてあったが、適当にやってみた。

なんとか、あずき餡ができあがり、つぶした餅団子を包んだ。

楽しいである。
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by toruteh | 2011-09-22 19:13 | おいしいもの | Comments(0)

ドラマ「アイシテイル」~絆~

昨日、このドラマの再放送の最終回を偶然見てしまった。

連続ドラマのオンタイムの時に、余りに辛い内容に2回ぐらいしか見ることが出来なかった。

でも、最終回を見て、どんなドラマだったんだろうと思った。子供が子供をあやめてしまって、加害者となった少年は、母親の愛を感じることが出来ないときに、事件を起こしてしまった。

そこからドラマは始まり、子供を見ていなかったことに気がついた母親は、全身全霊で加害者となってしまった自分の子供を愛することを誓った。
そして父親もまた、急に殺人者の息子を持ってしまった事を受け入れようと、家族として頑張った。
普通なら、家庭はばらばらになっていたかもしれない。

被害者の子供の親と、加害者の親の交差する思い。

なんか、人の心はここまで崇高になれるだろうかと思った。

その続きのドラマが、単発で今夜やっている。

加害者の家には新しい命が生まれた。その子が成長し、兄の事件を知る。
世間は弟をも許さなかった。

その子がどう変わっていくのか。ゆっくり見ようと思う。

(で、その青年が、革の工房に就職する。

すてきな工房だ。誰の工房だろう。ちょっと訪ねてみたい。)
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by toruteh | 2011-09-21 22:00 | つれづれ | Comments(0)