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猫とぬっちょりとお気楽な日々

torute.exblog.jp

カテゴリ:島旅日記( 77 )

奄美の昔の風習

10歳年の離れた姉と、暮らした記憶はない。それでも、ちゃんと姉として記憶するから、面白い。

これまでゆっくり話したこともなかったが、今回の帰省で、姉の子供時代の話を聞く機会があった。

年の差の10年という時間は、奄美では、相当な時間が流れていたようで、興味深かった。

夏祭りの夜、土俵の近くに骨を飾るところがあって、そこに骨を飾り、一緒に祭りを楽しんでいたのだという。

面白すぎる。

今、そういうことやっているところ無いだろうなあ。見たいなぁ。
by toruteh | 2015-05-17 22:31 | 島旅日記 | Comments(0)

サキシマスオウの木

波打ち際にサキシマスオウの木が。海に運ばれた実が根付いたのでしょう。

奄美でサキシマスオウの木に出会えるとは。
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by toruteh | 2015-03-28 06:24 | 島旅日記 | Comments(0)

瀬底島にて

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浜に建つはずだったホテルの廃墟見ながら、コンビニで買ったワンカップ泡盛を傾ける。

高速船には乗れなかったけれど、橋で繋がっている島に不時着。

向かいの島の灯台の灯りがまたいい。

(10月8日、大型台風を前にして)
by toruteh | 2014-10-27 15:32 | 島旅日記 | Comments(0)

島の夜

水平線に浮かぶ船は明かりを増し、一条の茜雲が、闇に溶け始める。
とり目のカラスは、帰り道を見失いビロウの木の上で、バタバタと羽音を立てる。
星は次第にその数を増し、カラスに帰り道を諭す。
君、迷うなら、星に道を聞くか良い。
星は答えてくれるだろう。
この濁りのない闇を黒板にして。


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by toruteh | 2014-07-27 05:31 | 島旅日記 | Comments(0)

2014正月帰省(2)

父と母のこと

父と母は、1年前の復活劇から、信じられない復活をしていま、かなり普通に二人で暮らしている。

1年前、父は歩く練習をし、日々、リハビリ、リハビリ。母は、まだ入院していた。

その後、母も退院し、ふたりの介護を利用した生活が始まった。看護婦だった北海道で酪農している姉が、つきっきりで世話をしてくれていた。

酪農の仕事が忙しい夏になり、姉は北海道へ帰って行った。

二人だけで暮らせるのだろうか。介護のいろいろなサービスを使って、二人は、なんとか、二人の生活を始めた。

子供たちが、来島しては、帰って行く、その慌ただしさに、回復途中の父の脳は対応できず、イライラしてもいた。

そして、今年。

二人は元気に暮らしている。

東京に戻る日を翌日に、やっと、両親とゆっくり食卓を囲む。

両親の夕食は、外注になってしまったので、一緒に食べる楽しみは減ってしまったが、二人が食べているときに、一緒に座っていると、なかなか面白い景色が見えてくる。

何気ない話の途中に、父がぽつり。「生まれたところが一番だけれど、みんなが都会に出て行くと、置いてけぼりにされた気がするよ」と。

その寂しさは、一番年下だった私は、兄弟が進学で都会に出て行くたびに、感じていた。
父も同じように感じていたのかと、驚いた。

一緒に暮らしていたいけれど、高校以上の学校がない島ではそれは夢でしかない。

子供たちを進学させるのであれば、別れは常に付いてくる。

顔色一つ変えないと思っていたのに、以外だった。

やはり、病の後の父は、少し正直になった。

この正月、旦那が、島の大島紬を来て、出かけた。その姿に、両親が嬉しそうな顔をして送り出してくれた。
by toruteh | 2014-01-15 23:16 | 島旅日記 | Comments(0)

2014 正月帰省

島は、案の定、雨とか曇りの天気。
暖かい?寒い?それがとても微妙なのがこの季節。

温度は高いけれど、なぜか寒い。

曇り空の中を、島の最高峰、湯湾岳を目指した。

cityの名瀬を出発し、ルート58を南へ車を走らせる。

途中の住用は道沿いにミカンがたわわに実っていて、沿道を飾っていた。

くねくねした道は、出来たばかりのバイパスに入り、まっすぐの豪華な道に変わった。立派なトンネルが出来ていた。長い、長ーいトンネルはどこまでも出口がないのかと思われるくらい長かった。

長いトンネルを抜けると、またくねくね道になる。

ぽかんと道が開けると、展望台が出来ていた。

そこからなんと、湯湾岳を臨むことが出来るらしい。

モクモクとした山々の遙か向こうにその目的の湯湾岳が見えた。遠い-。

眺めている間に、山が霞んできた。向こうは雨が降り始めたらしい。

あきらめて次の目的地に向かうことにした。雨に煙る湯湾岳も見たかったが、たぶん行き着くことが出来ないだろうと、思えた。

峠から折り返しながら、気になっていた場所で、しばらく車を止めて撮影をする。

車を離れたとたん、鳥のさえずりが耳に飛び込んできた。

島は今、鳥の求愛の季節だったか。

鳥のさえずりに囲まれて、しばし時を忘れた。

雨粒が大きくなる。

もうしばらく、この山の中で居たいと思った。

島に行くなら、目的地に着くまでに、2度は車から離れるといいかもしれない。島の本当の顔が見える。

この島は、この島に住む動植物のほうが、生き生きと生きている島なのだと感じることが出来るだろう。
by toruteh | 2014-01-14 20:27 | 島旅日記 | Comments(0)

三月帰郷&さよならスイッチ

鳥のさえずりの大合唱の中で目が覚めた。

島の朝だ。

昨日、飛行機を降りると空気の透明感が違った。

最近、東京はかなりの砂埃で霞んでいたのでそのせいもあるかもしれない。

透明な空気は、こんな味がするのかと思うくらいに美味しかった。

暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい気温が体を包んだ。

こんな島の季節もあったのかと驚く。

いまは三月、海は緑色に縁取られていた。アオサの季節だ。

アオサ取りに行った市(いち)の海を思い出す。

小学生だった私は、海に親しんでいる同窓の女子に連れられて、海での収穫を教わった。

それは、トビンニャだったり、アオサだったり。砂の中に隠れているトビンニャの姿を、彼女は一目で見分けた。

すごい!アオサ取りは、アオサをとった後の、砂の処理まで教えてくれた。

海から帰り、収穫物が食卓を飾ったかもしれないが、それよりも、友からの学びの方が記憶に深く残っているのもまた不思議だ。

鳥のさえずりで目覚めた今朝、昨日の朝に思ったことが遠退いていく。

そう、昨日の朝に思ったのは、さよならスイッチが欲しいと思ったこと。

50を過ぎた頃から、体力がかなり落ち、何か楽しいことが少しずつ減っていくような感覚にとらわれている。

そして、もっと年をとり、いよいよとなったとき、自分で押せる「さよならスイッチ」があるといいなあと。

自分でエンドを押せたらな、気が楽だなと。

そんなことを思った昨日の目覚めだった。

そのすぐ後、ぎっくり腰をやってしまった。ガックリ。いよいよその気持ちが強くなったのだったが、今朝の目覚めを体験し、こうして鳥の鳴き声で目覚めるなら、さよならスイッチはいらないと思えた。

自然の力の前に、人間がやれることなんて本当は何もないのだ。
by toruteh | 2013-03-14 09:42 | 島旅日記 | Comments(0)

島はポンカンの季節

父は長浜町にある病院に転院してリハビリに励んでいるらしい。

かなり元気になっているが、自分はもうこれ以上よくはならないから、なんてお弱気も見せる。

でも、かなり難しい言葉が出るようになった。難しすぎるけど。

道すがら、綺麗なオレンジ色が、目を惹いた。

ポンカン?ホンカンだー。

もうそんな季節だったんだね~。

帰り道、八百屋でポンカンを大袋で買う。900円~1200円くらい。何が違うのかわからないけれど、1200円がやっぱりおいしいというので、そちらを買った。

ポンカンの皮を剥く、香りが部屋に広がる。ああ、正月の香りだ~。

そうだ、正月はポンカンだったね。

今年は、兄弟揃って、正月が迎えられそうだ。

昨日一日自宅に帰ってきた母が「何でこんな事に、悪いことなんかしてこなかったのに」と、悲しそうに言うので、「こんなことがないと、もうみんな揃って正月を迎えることなんかできないんだから、これは贈り物だよ~」と慰めてみたけれど、本人には伝わらなかった。そりゃそうだ。痛いのは母だからね。

また、正月に帰るね。

夕べは母、やっぱり頻尿だったらしい。眠剤を飲んでも2時間おきに行っていたらしい。付き添った姉は疲れ切っていた。

姉は、父とは上手くやっていけないかもと言っている。介護で一緒に暮らすというのも、難しい物だよね。

北海道の姉は、嫁ぎ先の両親を30年間見てきた。そして見送った。自分の親を三年くらい見てもいいよねと言う。そりゃそうだろうと思うのだが。

まだどうしようか、みんなが考えている。
by toruteh | 2012-11-29 21:30 | 島旅日記 | Comments(0)

冬の旅’12

トタン屋根に落ちる雨音を聞きながら目が覚めた。
ここは奄美だったね。
二泊三日の旅はとても慌ただしく、今日はもう帰る日だ。

昨日は、母の一日外泊が許されて、母は入院してから初めて院外に出た。
先に転院している父に面会し、それから家に帰ってきた。
父は、母との再会を喜んだ。
母も同じであろう。

母は、一ヶ月見ない間に、少し変わってしまっていた。
父は少しずつ回復しているように見える。
父は、母とこうして話がしたかったという。これからの先のことを、二人で決めたいらしい。
「自分がこうなってしまっては、一人であなたの世話をすることは難しい」と話していた。「あなたはどうしたいのか」そんなことを母に尋ねていた。

母は何も言葉を返さなかった。

少し変わってしまった母をともなって、改装の住んだ家に迎え入れる。
父の介護認定が降りており、先に工事が済んでいたのは幸運だった。
ベッドからトイレへ。母は手すりを使ってうまく移動することができた。
夕食時になり姉と、旦那と、母と、四人で食卓を囲む。

母がだんだん言葉を発するようになった。

頻尿になり、夜勝手に動かれると危険と母は、夜に拘束されるようになってしまったらしい。
それもあり、母の余計に頻尿になっていた。
今夜はどうだろうか。その症状が少しよくなればと思っての一日帰宅だった。
徘徊するのではなく、生理現象があっての行動を拘束されるのは、普通の人間には耐えられないことだろう。

夜になると、看護士一人に患者一五人だという。それじゃ、母の頻尿の対応もそうできたものではないだろう。呼んでも来ないから、一人でトイレに行こうとする母を、転ぶから危ないと拘束してしまうのは、あまりにあまりである。

姉が付き添いを申し出たが、重症患者のみしか、付き添いは許されないのだと、断られたらしい。看護士が面倒を見られないのなら、付き添いもいいのではないか、と思う。
その話があっての今回の一日帰宅。私たちが帰ってきているのも、偶然で、タイミングがよかった。
by toruteh | 2012-11-29 06:38 | 島旅日記 | Comments(0)

奄美の秋・その3

てくてく歩けば、T-shirtさえ汗ばんでしまいそうなてぃだかんかん。

それが、奄美の秋だったんだなぁ。

陽が落ちると一気に冷気が押し寄せてくるから、要注意。
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by toruteh | 2012-11-11 08:10 | 島旅日記 | Comments(0)