自然界の音をとり続けている人の話だった。
伐採をしても、自然環境には影響はないからと、伐採がされた後とのその前の音の変化を見せてくれた。
見た目には大して変わらないものの、鳥たちのさえずりはまったく聞こえなくなっていた。
同じ現象を私は体験している。
奄美に帰ったとき、常にアカショウビンの鳴き声で目を覚ましていたのだが、もう、アカショウビンの鳴き声は近くでは聞くことが無くなってしまった。
裏庭くらいで聞こえていた声は、もう、遙か彼方の山から聞こえるくらいでしかない。何があったのか。水害か、はたまた伐採か。
悲しいけれど、時は自然をそのままにしておいてはくれない。
番組の中で、ビーバーの話しがあった。一万6000年の前に出来た池で音を取っていたときの話し。収録中、猟区管理者が現れ、ビーバーのダムのところでダイナマイトを爆発させたのだそうだ。母ビーバーと、子ビーバーが死んでしまった。
帰ってきた、父ビーバーの嗚咽がたまらなかった。
そういう話しをすると言うことは、基本の感情に、動物は悲しまないと思っているというのがあるのかなあ。と思ってしまった。
締めくくりの「音は、360度の映像である」とは素敵なことば。