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猫とぬっちょりとお気楽な日々

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別れ

弔電は、好きに打っていいんだと、やっと気がついた。

友達が亡くなった。私を励まして、応援してくれていた友達が亡くなった。

弔電を打とうと思ったが、なんと打ったらいいのか、ネットで見ると、失礼の無いようにと書いてあり、言いたいことを書いていいとは、書かれていなかった。

言いたいことはたくさんあったけれど、例文を参考にしただけで打ってしまった。

今は、ネットで見ることが出来るようになっていた。告別式に、ネットで参列させてもらった。

若すぎる死をいたみ、沢山の参列者が最後の別れを惜しんでいた。

その場に、いた方がよかったか。

沢山の花に囲まれ、沢山の人に見送られ、彼女は旅立っていった。男の子二人かと思っていたら、まだ中学生の女の子もいた。

彼女の心残りは、いかほどだっただろう。

5年にも及ぶ癌との戦い。まだ治療も研究中の新型の癌だったらしい。

彼女が病魔に冒されていることを最近まで知らなかった。

自分が大変なのに、私を応援してくれていた。写真展に花を頂いたり、メールでやりとりしている中にも、励ましの言葉で一杯だった。

病気を知り、何度か合おうとしたが彼女の体調が悪く、なかなか会うことが出来なかった。この正月も、風邪さえ引かなければ、彼女の顔を遠くから見ることが出来たかもしれなかった。

年末に受けた手術が、致命傷になったとご主人の最後の言葉の中にあった。完全に直らなくても、長く生きていける方を選べたら、よかったのにね。

弔電が読まれ、みんな、自分の気持ちを綴っていた。それなら、私も、彼女に伝えたい言葉はあったのに。
ありきたりの言葉で弔電を打ったのを悔やんだ。

そんなちっぽけなことが、悔しい。彼女の悔しさの、100万分の1にもならないけれど、悔しい。

「優しさをありがとう 強さをありがとう。貴方と交わした約束を、いくつ実行できるかわからないけれど、私、頑張ってみる。一緒にイタリア旅行したかったね。島での写真展もいつかやってみるよ。

頑張ったね。お疲れ様 島の緋寒桜、この写真を貴方に見せたかった」

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打てなかったけれど、打たなくてよかった。
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by toruteh | 2013-01-17 10:02 | つれづれ | Comments(0)
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